病院は、病や老い、心身の機能の衰えといった人間誰もが抱える「生命」と「生活」の切実さが一層意識される時間と場所です。診断や治療の真剣な場であるがゆえに、その場での個人の立ち現れ方は、患者や家族、医療者などの役割に特化しがちです。『びょういんあーとぷろじぇくと』は、そうした医療の場に長い時間をかけてアート作品を介在させる活動を2008年から続けてきました。アートは、周囲の環境を生き生きと受け止め、その関係の中で各自の意義や生活を築いている人間の感受性を前提にしています。インテリアやケアという側面のみならず、アートがあること自体が人々にその場での立場を超えて「感受する主体としての人間」を無言のうちに呼び覚ますと言えるかもしれません。
『びょういんあーとぷろじぇくと』では、2019年から2021年冬までの約3年、医療の場を、こころの通った温もりの感じられる人間らしい空間に近づけようと、美術家17名による5回の展覧会とイベントを継続開催中です。その3回目となる今回は「はな・うた・さんぽ」がテーマです。小さかった頃のお馴染みの道、陽だまりで触れた石の暖かさ、よく口ずさんだ歌、日常を当然のように享受してきた記憶の連なり。楽しい記憶や悲しい記憶。アートの介在によって病院で過ごすすべての方々の時間に、そんな彩りが生まれることを願っています。そして、この企画の主旨に賛同し参加されている多くの作家やスタッフ方々の思いが、作品に出会う人々と共に今年も豊かな場を創り上げることを願っています。
北海道大学大学院
メディア・コミュニケーション研究院
研究員 加藤 康子 氏
「一人のアーティストに出会うことは一つの新しい扉を開くことに似ています。
美術家、日野間尋子さんとの出会いもそうでした。私は彼女と会って間もないのになんとも言えない居心地の良さを感じました。何かを押し付けるでもなく、離れるでもなく、植物のようにそっと静かに佇んでいる。彼女が始めた「びょういんあーとぷろじぇくと」もそう。作品たちはだだ、静かにそこにいて、いつか扉が開かれることを待っている。開いた扉から新しい風や香りや音楽が聞こえて、誰かが少しだけ幸せな気分になることを彼女は信じているから。いつかの自分もそうだったように。芸術の力を病院に届けることは簡単ではありません。でも諦めないで続けられるその力の源は、その人がどれくらい芸術の力を信じているのか。に尽きると思います。
「はな・うた・さんぽ」展どれも扉を開けば見えてくる唯一無二の作家の風景です。ぜひお楽しみください。
独立行政法人国立病院機構
四国こどもとおとなの医療センター
ホスピタルアートディレクター 森 合音
會田千夏
瀬川葉子
日野間尋子
藤山由香
札幌ライラック病院1階「待合室と通路」
2021年5月31日(月)〜10月1日(金)
12:00〜18:00