病や心身の機能の衰えや不調などは、誰もが人生のステージのどこかで遭遇するであろう深刻なテーマです。治療やケアの場では、どれほど不本意であっても誤魔化すことも逃げ出すことも出来ない自分の心身や生活の現実と向き合うことを迫られます。これまでも当たり前で意識することもなかった自分自身の身体やその何気ない所作、日常生活の一つひとつまでが、ある種の痛切さを伴って感じられたりもします。
そうした時期を過ごす病院を、こころの通った温もりの感じられる人間らしい空間に近づけようという願いから、「びょういんあーとぷろじぇくと」は2008年秋、札幌ライラック病院の待合室から始まりました。その後、コロナの時期を挟みながらもほぼ毎年のように、医療の場にアート作品を展示する企画として、多数の関連企画とともに続けられています。その活動は病院内のみならず、患者のご家族や近隣の皆様からも「地域の皆様に開かれた」活動として評価されています。
「人は誰しも手さぐりの中、互いの手を必要としあって生きています。病院は、そのことに改めて気付かせてもらえる場であり、その難しさと同時に、素晴らしさを実感させてもらえる場でもあります。絵を描くこと・何かを創ることは、世界から受け取ったものを形にしてみようとすることで、それはまた一つの求めあいを形にしてみる方法です。自分が、そしてそばにいる人が、一体何に手を延ばし、何を求めているのか…それを分かち合いたいという願いからの試みです」。(初回の開催趣旨より)
主催者たちのこうした思いが、今年は「とどける・むすぶ」というテーマの企画展になりました。3人の作家がそれぞれにとっての必然的な手法で掬い取った世界が作品という形で、その空間で時を過ごす人々と共に静かにたたずみます。
アートは、周囲の環境を生き生きと受け止め、自ら人やモノとの関係性を日々紡ぎなおしている人間の感受性を前提としています。その場にアートがあること自体が、「感受する主体としての人間」を無言のうちに呼び覚ますと言えるかもしれません。
医療の場が同時に表現の場でもあることで、不安や孤独ではりつめた空気を少しでもやわらげ、心のゆとりをもたらすような、響きあいの場を今年も共に創りあげることを願っています。
北海道大学大学院
メディア・コミュニケーション研究院
研究員 加藤 康子 氏